げそべでてーく

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フランス百合マンガ事情概観(Web版)前編

2019年8月開催のCOMITIA129で頒布された『百合映画ガイドブック1.5』(発行:ふぢのやまい)に寄稿した、「フランス百合マンガ事情概観」という小文を微修正して公開します。今回は前編です。許可してくださったふぢのやまいさんに感謝。

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表紙はぼくが敬愛するマンガ家、関野葵先生です。

 

 はじめに


日本国内においていわゆる「百合マンガ」がジャンルとして確立し、市民権を得て久しい。しかし、フランスでは必ずしも「百合」は多くの人に知られる言葉ではない。日本のマンガがフランスで翻訳出版され始めてから約50年が経過し*1、今では「MANGA」は日本のマンガや「日本のマンガに影響を受けた海外のマンガ(OEL manga)」*2を指す言葉として一般的に使われるようになった。それに付随して「shonen(少年)」「shojo(少女)」「seinen(青年)」「yaoi(やおい)」といった日本国内のジャンルの名称も海外に普及し、フランスをはじめ多くの国のマンガ情報サイトや通販サイトでそれらの言葉を目にすることができる。では、今回のテーマである「yuri(百合)」はどうだろうか? 日本国内では近年隆盛を極める「百合」というジャンルだが、実はフランスにおいては日本国内ほどの盛り上がりを見せてはいないのが現状だ。しかし、かつてのように人目をはばかりひた隠しにするような嗜好ではなくなっているし*3、2011年から数回、フランス南東部の年、リヨンでYaoi Yuri Conというコンベンションが開催されており、「yaoi」ほどではないにせよ徐々に認知度が上がりつつある。


本稿では、現状が不明瞭な海外、主にフランスにおける百合マンガの受容、また海外の百合マンガについていくつかの作品を並べながら現状を概観できるよう努めたい。

 

後述するように、フランスのマンガ市場はBD、マンガ、コミックスそれぞれの出版数がだいたい5:3.5:1.5の割合を占め、世界的に見ても開かれた稀有な市場であることから、フランス語圏の百合マンガの受容を考えることはある程度のアクチュアリティがあるように思う。


以降、慣例に従い、日本のマンガを「マンガ」、フランス語圏のマンガを「バンド・デシネ(BD)」、英語圏のマンガを「コミック(コミックス)」、OELマンガを「MANGA」、そして、それら全てを包括する言葉としても「マンガ」と表記する。

 

フランス語圏における百合マンガ受容小史 -Taifu comicsとその周辺-


 まず初めに簡単にフランスでのマンガ全般の現状を整理したい。BD批評家ジャーナリスト協会(ACBD, Association des critiques et journalistes de bande dessinée)が公開している統計資料によると、2016年にフランスで翻訳出版されたマンガは1,494点でこれはBD、コミックスを含めたマンガの総発行点数(5,305点)の37.5%にあたる*4。一方日本で出版された海外マンガは2017年9月1日~2018年8月31日の一年間で172点*5。およそ9分の1でしかなく、近年徐々に翻訳が進められているとは言え、フランスの現状と見比べると見劣りすると言わざるを得ない。


そんな大規模なフランス語圏マンガ市場で百合マンガはどのように扱われているのか。

 

と、整理する前に「百合マンガ」とは何を指すのか。この大前提を整理しなければ話を進めることはできない。しかし、紙面の都合上そこを検討するのは難しいので、今回は大まかに作者、もしくは出版社が「百合」を大々的に打ち出し出版されているものに限らせていただきたい。つまり、読者側が自発的に作品内に同性愛的な関係を見出し(誤読し)コミュニティ内でその関係性を楽しむ、といった作品は除外する*6


さて、フランスで日本のマンガが人気を博したのはそれよりも先のアニメブームに拠るところが大きい。1978年の『ゴルドラック(UFOロボ グレンダイザー)』以降フランスでは日本のアニメの人気が高まり、その後も『ドラゴンボール』や『めぞん一刻』などが多くのファンを獲得した。そして、その人気作のひとつである1993年からフランスで放映が始まった『美少女戦士セーラームーン』がその後の「yuri」マンガ出版の土壌を作ったといっても過言ではないだろう。天王はるか海王みちるのふたりの間の同性愛的な関係は日本だけでなくフランス他海外にも大きな衝撃を与えた*7

 

しかし、90年代にマンガの積極的な翻訳が始まってからも「百合マンガ」であることを前面に押し出して紹介された作品は多くはなかった。2002年にうるし原智志『キラリティー』がPika Edition(ピカ社)から、2004年にはやまじえびね『インディゴ・ブルー』他がAsuka(アスカ社)*8から出版されるなど断続的に百合……というかレズビアン的な要素を含むマンガは出版されていたが商業的に成功を果たしたとは言えなかった。


そこで日本の百合マンガに注目し新しく「yuri」レーベルを作り、積極的な翻訳出版に挑んだのがTaifu comicsだ。2004年に設立され、当初は主にBLマンガの翻訳出版を手掛けていたTaifu Comicsだが、2011年に初となる百合マンガ作品、森永みるく『ガールフレンズ』を出版しフランス語圏百合マンガ市場へと打って出る。


断続的にしか紹介されてこなかった女性同士の恋愛を扱ったマンガを初めて大々的に打ち出したTaifu comicsだがこちらも商業的に大きな成功を得たわけではなかった。現に、2015年に一端百合マンガの出版を中止している。しかしその後2016年にサブロウタCitrus』を以て再び業界に参入。同作のアニメ化も手伝い話題となり、その後「加瀬さんシリーズ」の翻訳など今後も百合マンガの出版に意欲的だ。

 Taifu comicsのGuillaume Kappがインタビューでこう述べている。

 

 「『Citrus』は『ガールフレンズ』がそうであったように、百合マンガ読者の外へと波及する力を持っている。だが現状『Citrus』と他の百合マンガの間には大きな開きがある。『Citrus』だけが百合マンガを代表する作品だとは思わないので、『Citrus』のヒットに続くような作品を出版したい。」

https://www.manga-news.com/index.php/editeur/interview/Taifu-comics


大きくはない百合マンガ市場でこれまでに16タイトルを出版しているTaifu comics。日本での市場規模を考えると大きな数ではないかもしれない。しかし、森永みるく『ガールフレンズ』、玄鉄 絢『少女セクト』、サブロウタCitrus』など時代のメルクマールとなるような作品をしっかりと抑えたラインナップが、今後のフランス語圏の百合マンガ市場の活性化に繋がることを期待したい。

 

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 (2019年7月時点)

*1: 1969年に柔道雑誌Budo Magazine Europeに掲載された平田弘史『武士道無残伝』が最初だと言われている。

*2: Original English Language manga:  NHKでアニメが放送され話題となったトニー・ヴァレント『ラディアン』など。グローバルマンガ(Global-Manga)と呼ばれることもある。

*3: 倉田嘘『百合男子』に見られるような、趣味を隠匿すべしという強迫観念はもはや見られない

*4:https://www.acbd.fr/2825/rapports/2016-lannee-de-la-stabilisation/  2019年8月17日閲覧

*5:ガイマン賞 http://www.gaiman.jp/ 2019年8月17日閲覧

*6: よって、百合的消費をされがちないわゆる「きらら系」作品も対象外とさせていただく。例えば『ご注文はうさぎですか?』における「ココチノ」「千夜シャロ」など。

*7: ポジティブな衝撃だけではない。池田理代子おにいさまへ…』はその同性愛的描写から抗議がありアニメの放送が中止された。詳細は以下の連載。豊永真美「マンガはなぜ赦されたのか –フランスにおける日本のマンガ-」アニメ!アニメ!ビズ 掲載http://www.animeanime.biz/archives/20948 2019年8月19日 最終閲覧

*8:2006年にEditions Soleil(ソレイユ社)に買収され、さらにその後Kazé(カゼ社)に売却。同社のBLマンガレーベルとなる。