げそべでてーく

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フランス百合マンガ事情概観(Web版)後編

この記事は前後編のうちの後編です。

前編をお読みいただいてからの方が楽しめる……はずです。

 なお、文中の情報は2019年7月時点のものですので、そこだけご了承ください。

 

 

簡単にではあるがフランス語圏における日本産百合マンガの現状を整理したところで、続けて海外の百合マンガ作品に目を向けたい。海外産百合マンガのスタイルを3つに分類しそれぞれ紹介し、今の海外百合マンガの全体像の一端を掴むことを目指す。

 

 自伝的BD、グラフィック・ノベルの系譜

90年代以降、自らの体験を自伝的に表現したBD、グラフィック・ノベルが高い人気を誇っている。ダビッド・ベー『大発作』(関澄 かおる訳、フレデリック・ボワレ監修、明石書店、2007年)やマルジャン・サトラピペルセポリス(園田 恵子訳、バジリコ、2005年)他、リアド・サトゥフ『未来のアラブ人』(鵜野孝紀訳、花伝社、2019年)など傑作と呼ばれる作品も多く存在する。グラフィック・メモワール(Graphic Memoir)とも呼ばれるそれらの作品は、LGBTQや移民など社会的マイノリティと呼ばれる人々が描いたものも少なくない。ここでは近年話題となった2作品を紹介する。いわゆる「百合マンガ」ではないが、女性同士の性愛を扱ったマンガを語る上でこれらの作品を避けて通ることはできないだろう。

 ・アリソン・ベクダル『ファン・ホーム椎名ゆかり訳、小学館集英社プロダクション、2017年

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ゲイの父親とレズビアンの娘。父親の死をきっかけに彼女(作者アリソン・ベクダル本人)の半生を回想するグラフィック・メモワールである本作は、膨大な数の文学作品への言及、引用から「文学的」グラフィック・ノベルと称されることが多い。

自らがゲイであることを家族に告白した後、事故とも事件とも言えぬ状況で亡くなった父親。必ずしもよい関係とは言えなかった父との絆を確認するため、父の蔵書、メモ、手紙、日記、当時の新聞など徹底的に資料に当たり坦々と物語を紡いでいく。どこかすれ違いを重ねていた父と子が深い場所では繋がっていたことを認識し、彼の死を受け入れ、同時に自らのアイデンティティとも向き合っていく、そんなお話。

本作においては、CJ・スズキ氏のレビューが白眉であるため一読を勧めたい*1

 ・ティリー・ウォルデン『スピン』有澤真庭訳、河出書房新社、2018年

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『スピン』は1996年生まれの作者がスケートに打ち込んでいた10代の自分を回想し描いた作品だ。同性愛者であることに悩む彼女が自らを受け入れることができるようになるまでを丁寧に描く。いじめや家族関係など普遍的な悩みにも苛まされる10代の少女の等身大の物語はLGBTQ当事者だけでなく多くの若者の共感を得るだろう。

スケートという表現方法から、イラストレーション、マンガという表現方法へと移った新進気鋭のコミック・アーティスト。揺れ動く心情の機微、言葉では表すことのできない感情をイラストレーションを用いて効果的に描き出したグラフィック・メモワールの傑作だ。

 

 同性愛をテーマにしたフィクショナルなBD、グラフィック・ノベル

自伝的な要素を前面に押し出していなくても同性愛をテーマにしたマンガは数多く存在する。90年代以降の自伝的BD・グラフィック・ノベルが性や病、社会などの大きなテーマに対し、極めて私的に、でありながら客観的に、冷静に物語を紡いだのに対し*2、これから紹介する作品はより直接的に読者の感情に訴えかけ、ドライブさせ物語を進めていく。

 ・ Lou Lubie, Manon Desveaux, La fille dans l'écran, Marabout, 2019

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「色彩」がひとつBDの得意とする業であることは間違いない。例えばジュリー・マロ『ブルーは熱い色』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2014年)では淡いグレーのページにヒロインの青色の髪が印象的に描かれているし、カトリーヌ・ムリス『わたしが「軽さ」を取り戻すまで』(大西愛子訳、花伝社、2019年)ではあのシャルリ・エブド事件の生き残りである作者カトリーヌ・ムリスが事件後に失ってしまった世界の「色」を取り戻すまでの日々が描かれている。

本作La fille dans l'écranもまた色彩が印象的な作品である。

イラストレーターを夢見るコリーヌと、カメラマンのマルレイ。学校恐怖症で祖父母の家で療養中のコリーヌのページはモノクロで、カフェで働きながら一見華やかな生活をしているように見えるマルレイのページはカラーで描かれ、中盤、二人が初めて出会うシーンではお互いの色が混ざり合ったかのような表現で2人の心情が表される。モノクロが多い日本のマンガではなかなか見ることができない色を使ったマンガ表現には感心しきりだ。

また、日本にいては分かりずらいフランス人の恋愛観やリアルな生活が描かれた本作は、フランスの文化、風俗を理解するうえでも一読の価値があるだろう。

 ・ステファン・セジク『サンストーン』上田香子訳、誠文堂新光社、2018年

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先ほど紹介したLa fille dans l'écranはリアルな日常生活を描いたものだが、この『サンストーン』はまたそれとは別種のリアリティを伴った作品だ。

表紙を見れば分かるように女性同士のBDSM的な関係にフォーカスした本作は、一見過激にも見える性的な戯れをあくまでも日常の延長として描いている。性描写よりもむしろその中で揺れ動く互いの関係性に重きを置いたプロットは日本の百合マンガ読者にも受け入れられやすいのではないか。

美麗なイラストレーションで描かれる耽美な世界は一枚のタブローとしても非常に完成度が高く、手元に置いておきたくなること請け合いだ。

 

 ウェブ発の百合BD、グラフィック・ノベル・MANGA

百合周辺の言説空間、ファンダムの中心はネット上にあることに疑いはない。そして今ではもう作品を発表する場もネット上に移ってしまった。後述するWeekly comicsや大手ウェブトゥーンサイトDelitoonやWebtoon、Hiveworksの他、個人サイトなど非常に多くの場所で多くの多彩な作品が発表されている。もちろんその中には百合マンガも多くある。一部を紹介する。

 ・Caly, Hana No Breath, Weekly comics, 2016

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主人公のアザミは同級生の「yuri」や「yaoi」への情熱が理解できなかった。彼女が好きなのは同級生の男の子、グウェン。容姿端麗成績優秀おまけにスポーツ万能、そんな憧れの彼が実は女の子で……という王道ともいえるプロット。

昔から『おジャ魔女どれみ』や『カードキャプターさくら』など日本のマンガ、アニメに触れてきたという作者*3の描く世界は日本のマンガのそれとほぼ変わらない。

一見使い古されたネタにも見えるが主人公の、自分が強く否定していた「yuri」的な関係に惹かれていくことへの戸惑いと葛藤、そして次第にその感情を受け入れていくまでの様が非常に丁寧に描かれており泣く。

このマンガが掲載されているウェブマンガサイトWeekly comicsは、Calyのように日本のマンガやアニメに影響を受けて描かれたグローバルマンガ専門プラットフォームだ。連載陣にはフランスを中心にイタリアやアルゼンチンなど様々な国の作家が軒を連ねる。「日本人が描いてないマンガはマンガ」じゃない、と言われた時代はすでに終わりを迎えたようだ。
 ・Mira Ong Chua, Vampire Blood Drive, 2019

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Mira Ong Chuaはまさにウェブ時代のマンガ家だ。カートゥーンストーリーボードアーティストとして働くかたわら、オリジナルコミックを自らのウェブサイトで販売している。また、クラウドファンディングプラットフォーム「Kickstarter」で7万ドルもの支援を受け、2019年10月に待望の初単行本ROADQUEEN: ETERNAL ROADTRIP TO LOVEがセブンシーズ・エンターテインメントから刊行予定だ。

 Vampire Blood Driveはそんな Mira Ong Chua2作目のオリジナル作品で、学園を舞台にした吸血鬼と人間の少女の百合マンガである。カートゥーンの制作に関わっていることもあり、コマ運びやレイアウトにどこかアニメ的なダイナミズムが感じられる。

次回作ROADQUEEN: ETERNAL ROADTRIP TO LOVEは本作よりもアクション要素が強く、よりMira Ong Chuaの個性が極まった作品と言えるだろう。米アマゾン他で予約を受け付け中。

 ・Katie O’Neill, Tea Dragon Society, Oni Press, 2016

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ケイティ―・オニールは今ウェブ上で最も熱いマンガ家の一人と言っても過言ではない。2014年にウェブ上で公開され(現在は公開停止)、2016年にOni Pressから出版されたPrincess Princess Ever AfterはCybils Awards(2014)、Sakura Medal(2018)他多くの賞にノミネートされ話題となった。その後2016年にウェブ上で公開された本作も2018年度アイズナー賞で「最優秀ウェブ・コミック賞」「子供向け最優秀作品賞」のダブル受賞を果たし、こちらも引き続き大きな話題となる。

鍛冶を学ぶかたわら、角がお茶っ葉になるというティードラゴンを育てることになった主人公グレタ。育成の先生のもとで出会った少女ミネットとの関係が作品に彩りを与え、ケイティー・オニールの主線を主張しないイラストレーションがふたりの淡い関係性と調和し癒される。

Oni Pressから単行本も発売されているが、まだ公式サイトで全編無料公開されているので興味を持たれた方はぜひ。

 

 おわりに

以上、7本の作品を紹介したが、海外の百合マンガのぼんやりとした輪郭程度は捉えることができただろうか。

冒頭で述べたように「yuri」は他のマンガのジャンルに比べ認知度が低いもののネットを中心に大きななファンダムが形成されており、日本のそれに影響を受けたグローバル百合マンガも数多く存在する。今回はフランスのマンガ市場、欧米圏の百合マンガの紹介にとどまったが、中国や韓国、台湾などのアジア圏に目を向けるとここでは紹介しきれない数の、そして質の高い百合マンガを見付けることができる。また機会があればそちらについても詳しく調べてみたい。

百合マンガに限らず、よりシームレスに世界中でマンガの交流が進んだ先にどのようなマンガ、マンガ表現が現れるのか。今後生まれてくるであろう新しいマンガの形にいやが応にも期待が膨らむ。

 

*1: CJ・スズキ「失われた家を求めて―アリソン・ベクダル『ファン・ホーム』」comicstreet掲載https://comicstreet.net/article/book-review/fun-home-new-edition/ 2019年8月19日 最終閲覧

*2: 市毛史朗「欧米圏のオルタナティブ・コミックスにおける自伝的作品についての論考」『国際マンガ研究5』国際マンガ研究センター、2015年

*3:https://www.manga-news.com/index.php/actus/2019/06/01/Rencontre-avec-Caly-autour-de-la-serie-Hana-no-Breath 2019年8月17日閲覧